全能性統御機構学/分子細胞育種学分野

 本分野は昭和57年4月農学部附属生物細胞生産制御実験センター内に細胞育種学研究部門の名称のもとに設置されました(初代教授山田康之;平成7年まで)。その後、平成2年6月農芸化学科の改組拡充のため同センターが統合され、分子細胞育種学講座となりました。平成9年4月からは、大学院重点化に伴い、農学研究科応用生命科学専攻分子細胞科学講座分子細胞育種分野となり、さらに、平成11年4月生命科学研究科の新設に伴い、生命科学研究科統合生命科学専攻細胞全能性発現学講座全能性統御機構学分野として、現在に至っています。
 

 本研究分野は植物の機能発現を細胞ならびに分子レベルで解明し、応用の基盤を築くことを主眼とし、このために目的とする各々の機能を発現した培養細胞を誘導・選抜し解析しています。これらの独創的研究は植物の基本的代謝に関わる多くの問題を解明したばかりでなく、実用的に重要な植物成分を大量生産するための普遍的基盤技術を確立することに大きく貢献しています。これまでの主な研究業績は次のとおりです。

1)イネを始めとする禾穀類細胞の培養ならびに個体再生、さらにイネプロトプラストからの個体再生に初めて成功し、禾穀類における細胞工学が可能であることを示しています。本手法を応用した非対称融合法により雑種イネ作出の基盤的技術が確立されました。また雄性不稔イネミトコンドリア内の環状DNAの遺伝子解析によりイネの分子進化に関する新しい知見を提供しています。

2)植物の持つ光合成機能を細胞レベルで解析するため光合成のみで生育する光独立栄養培養細胞株を育成し、その炭酸固定機能や葉緑体機能発現の調節機構の生化学的・分子生物学的解析をしています。さらに本細胞株を用い、生理活性物質や種々の環境ストレスに対する応答の解析、これらに対する耐性細胞の育成ならぴに耐性機構の分子生物学的解析が進められています。詳しくは研究内容を見て下さい。

3)特性の異なる細胞のモザイク的存在を認め、細胞選抜により高生産性細胞株を育成し、有用代謝産物を大量生産するための基盤を確立しています。アントシアニン(ハナキリン細胞)、ベルベリン(オウレン細胞)、アロモリン(クマサキツヅラフジ培養根)、スコポラミン(ヒヨス培養根)など親植物の含量を上回る培養系が確立されています。一方、細胞融合法を用いた新しい薬用植物の育成も試みられ、重要な基礎知見が得られています。

4)上記の有用二次代謝産物高産生細胞・培養組織に有機化学・生化学・分子生物学的手法を総合的・体系的に適用し、これらの物質、特にベルベリン並びにヒヨスチアミン、スコポラミンの産生機構、主要酵素の精製と酵素化学的性質、さらにはその遺伝子の発現制御機構の解明がなされました。とりわけヒヨスチアミンからスコポラミンの生合成を触媒するヒヨスチアミン6β-ハイドロキシラーゼは新規酵素であり、その遺伝子を用いることにより従来ヒヨスチアミン型であったベラドンナ植物をスコポラミン型に変換するという薬用植物の分子育種の道がひらかれました。詳しくは研究内容を見て下さい。

 以上の代表的研究以外に、物理的方法を用いた遺伝子導入法の開発や植物細胞の分裂、生長、脱分化、再分化に関する生化学的研究、細胞の凍結保存に関する研究など植物機能の基礎的研究が行われました。