葉緑体核様体DNA結合タンパク質;葉緑体遺伝子の発現制御の新しい可能性と個体機能統御への関与

佐藤文彦:化学と生物、35:467 (1997)より抜粋  


 色素体は植物細胞に特有の細胞内小器官であり、葉緑体やアミロプラストに分化するとともに植物に特有の機能を行う。色素体の分化については生化学的、あるいは分子生物学的解析が多くなされている(1,2)が、色素体分化を制御する因子については長く不明のままである。一方、色素体DNAも核DNA同様タンパク質と複合体(核様体)を形成している(3)。我々はこのDNA結合性タンパク質が色素体分化に重要な役割を果たしているのではないかと考え、容易に色素体分化を制御できるタバコ緑色培養細胞(4)を材料に、色素体核様体の実体の解明を試みている。

 まず、我々タバコ緑色培養細胞より極めて純度の高い葉緑体核様体(DNA-タンパク質複合体)を調製した(写真参照)(5)。この画分には約25のタンパク質が存在したが、41kDのタンパク質が主要なDNA結合性タンパク質として検出された(5)。そこで、このタンパク質のcDNAを単離、解析することにより葉緑体核様体DNA結合性タンパク質(Chloroplast nucleoid DNA binding protein) として、初めて遺伝子構造を明らかにした(6)。我々がCND41と命名したこのタンパク質は、その成熟タンパク質のN末端にDNA結合に必須な高リジン領域をもつ新規な核コードのタンパク質であり、DNAに非特異的結合性を示した。

 興味あることにCND41は光合成を活発に行う組織(緑葉)においては、むしろその蓄積量が低く、非光合成組織(茎)において多く存在していた。また、培養細胞系でも培地に糖を含む場合に多量に蓄積していた。一方、これら細胞における葉緑体遺伝子産物の解析から、CND41の蓄積と葉緑体遺伝子転写産物(mRNA)の蓄積量(rbsL, psbA, 16S rRNA)には負の相関があることが認められた。特に、培養細胞において比較した結果、葉緑体DNAコピー当たりのCND41タンパク質量と葉緑体遺伝子産物量には明らかな逆相関関係が存在した。また、光合成のみで生育できる光独立栄養培養細胞では、明らかなCND41量の低下が認められた。さらに、アンチセンス遺伝子導入により、CND41の蓄積が野生株に比べ30-50%に低下した低CND41形質転換培養細胞株を作成し、葉緑体遺伝子の発現を解析した結果、これら低CND41細胞では葉緑体遺伝子の発現が若干増加していることが認められた。以上の結果は、CND41が葉緑体核様体において葉緑体遺伝子発現の負の制御因子として機能しているのではないかとする我々の仮説を支持するものと考えている。

 なお、CND41の構造中にプロテアーゼモチーフが存在することが明らかになったことより(6)、すでに述べたような転写段階での関与以外に、複製、あるいは翻訳等への関与を通して、個体の機能統御をしている可能性も考えられ、今後の展開が大変楽しみである。

文献1)小林裕和、池内昌彦:光合成、”植物分子生物学、山田康之編”、朝倉書店、1997、p.99、2)酒井敦:”植物の分子細胞生物学”、細胞工学別冊3、1995、p.110、3) 黒岩晴子、黒岩常祥:”植物の分子細胞生物学”、細胞工学別冊3、1995、p.15、4)S. Takeda, K. Ida, F. Sato, Y. Yamada, Y. Kaneko & H. Matsushima: "Researchin Photosynthesis", 1, 223 (1992)、5) T. Nakano, F. Sato & Y. Yamada:Plant Cell Physiol., 36, 873 (1993)、6) T. Nakano, S. Murakami, T. Shoji,S. Yoshida, Y. Yamada & F. Sato:Plant Cell, 9, 1673 (1997)


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